人が“うまい” ゴッタな名店 vol.2

某劇団の宣伝マン・浅生博一氏の、美味しい店の美味しい人案内。

芸能という特殊な仕事の裏側には、美味しい人が作る、美味しい店がありました。

「続いている飲食店は、料理が“うまい”のはあたりまえ。

問題は、その店を作っている人も”うまい”かどうか」。

そんな視点で選ばれた、「浅生の名店」をご案内。

撮影:下村しのぶ

no.1 源兵衛 (東京・早稲田 居酒屋)  2/2

 源兵衛には何十年と通う常連客も多い。僕はまだ若輩者だが、通ううちに仲良くなった常連がいる。今日ももうすぐやってくる。


 早稲田大学のOBで常連のHさん。待っていたらこの日もやってきた。彼は店に「マイ箸」まで置いてある。ほぼ毎日来ている人だ。「だからさ、常連になりそうな人は女将さんが僕を紹介するんですよ。一人で来てもこの人がいれば大丈夫よって具合に」とHさんは笑う。

 一緒にデミカツをつつく。デミグラスソースのかかったトンカツ。「これは3代目から続いているデミグラスソース。一から手作りしている本物。脂身が少ないのも3代目のこだわり」とHさんの講釈を聞きながら。


 あらためてHさんと、店が長く続く理由を話してみた。

「これは先代の女将さんも言っていたことですけどね、お客さん同士の仲が良い。居酒屋だからいろいろなお客さんが来る。時に面倒なこともあるのが普通だけど、それが無い。気心知り合っちゃう感じ。早大に近いせいかな。校歌の「集まり散じて」的な感じで、わいわいやって、いつの間にか終わってる。一見さんは多少仲間に入りづらいかも知れないけれど」。

 何度か様子を見に来てから入店する人も多いらしい。客も含め、皆で店の空気を作っているのだ。

「それから場所も大事だよね。駅から遠く、辺鄙なところにあるでしょ。居酒屋だから単価は安いけど、足が遠い。目指さないと入れないというのもいいんだろうなあ」。

 締めはチキンライス。懐かしい風味と、新鮮な鶏肉の旨味が広がる。

 社会人になって2〜3年の頃、しばしば上司に教えられたことがある。

「柔らかい皮膚を強くするにはどうしたらいいか。皮膚をわざと切ってかさぶたを作る。それを繰り返している内に、その皮膚は強くなる。乱暴なやり方かもしれないけど、人間を磨くとは、極論言うとそういうこと。人に怒られ、失敗し、痛い目にあえ。返り血は思いっきり浴びなさい」。

 そのためにはこちらから腹を割ること。向こうにも割ってもらうこと。

 小さい、時には大きい擦り傷を作っても、カウンターの向こうで絆創膏を持ってまってくれるこの店で、まだまだ、その訓練をさせてもらっている。


源兵衛

東京都新宿区西早稲田2-9-13

16:00~24:00(毎月3・13・23定休)


浅生博一 

1980年、東京生まれ。大学卒業後、株式会社田辺エージェンシー入社。制作部において、女優、タレント、モデルのマネージメント業務を行う。2012年株式会社ヴィレッヂに入社。劇団☆新感線の公演や劇団全体の宣伝ディレクションをはじめ、映像や舞台の制作、落語、長唄といった古典芸能などの興行のプロデュースもしている。

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