駆け込み どうぶつ園 vol.2

動植物の生態調査員であり、動植物翻訳家の釜屋憲彦氏による連載。人間の悩みも、動植物の手にかかれば、小さなこと?

〜今回のお悩み〜

クラスの男子達が、くだらないことで騒ぐのがうるさいなあと思います。

例えばテストの時間に誰かがくしゃみをして、大げさに笑ったり。

どうしてわざわざ騒ぎ立てるんでしょうか。(10歳・女子小学生

今回のお悩み相談員:ニホンアマガエル

両生綱無尾目アマガエル科アマガエル属。島根県松江市の島大裏の田んぼ育ちのアマガエルのオス(♂=アマオ)とメス(♀=アマコ)。

ー アマガエルさん、今日はわざわざ時間をいただきありがとうございます。

お悩みを受け、良い相談員を求めて地元の裏山を散歩していたら、ちょうど夕暮れにカエルの大合唱が聴こえました。なつかしく思ってさらに近づくと、あまりの声量に「うるさいなあ」と思ってしまった。しかし相談者さんがクラスの男子に飽きれながらも不思議に感じたように、私もカエルの男子の騒がしさを不思議に思ったのです。騒ぎ立てればかえってメスは困ってしまい、求愛の質が落ちてしまうのではないだろうか。分からないけれどもどこか「人間の男子に似ているぞ」と直感しました。

アマオ:うるさいなんて、釜屋さん、なかなかヒドいことを言うものだ。あなたの実家の裏の道路があるでしょう。あの通りの車の振動のほうがよほどうるさいですよ!ストレスになって、せっかくの広い田んぼですが、とても道路沿いでは居られないですよ。


ー 失礼いたしました...。私が幼少の頃はもう少しは棲みやすい場所だったのですが。カエル事情までヒトは気が及ばないのです。ひとまず話を戻しましょう。「鳴き声」についてもう少し詳しくお教えていただけますか?

アマオ:私も何で鳴いてしまうのか、はっきりと分からないのです。鳴けてくる状況はありますね。特に雨の降るまえ(気圧が下がるとき)と陽が落ちるときは、なんだかからだがどうしようもなく反応して、鳴いてしまうのです。あとですね、「カエルの大合唱」と呼ばれる際の声はリラックスしていないと出てきません。だから安全で、乾燥していない場所で鳴けてくるのでしょう。気分が声にでてしまうんですかね。

ー 他に鳴き声はあるんですか?

アマオ:実はいくつかあるんです。たとえばヘビやヒトの気配に気づいた時は「ゲッ」と、低く短いひと声が出ます。驚いて無我夢中で逃げようと声が漏れ出てしまう感じです。敵につかまってしまうと、「ゲッゲッゲッ」とわめきます。これらの声が聞こえたら私も警戒します。メスと間違えたのか何か知らないですが、けっこうオスが私の背中にのって求愛してくるので、その際は「嫌だ!」と素直に低い声が出ます。嫌ですからね。いろんな声が聴こえてくるのでね、けっこう耳もいいんですよ、我々は。

ー 多彩な声ですねー。「カエルの大合唱」について、もう少し詳しく教えていただけますか?

アマオ:大合唱のことを「ラブソング(求愛)」だと思っているヒトが多いらしいですが、何もメスのためだけではないんです。メスには近づきたいですけど、他のライバルのオスと密集するのはいやですから、オスと声をはりあっていい具合の間合いをとろうと必死です。

ー なるほど。メスだけでなく、オスへのメッセージもあるんですか。鳴き声でオス同士攻防しているわけですね。どうりで田んぼの一ヶ所にかたまらず、一面で満遍なく鳴き声が聴こえるわけだ。せっかくなので、メスのアマガエルの方にもお話を伺ってもよいですか?

アマコ:私は相談者さんにすごく共感します。オスのように鳴けないので、いつも耳をかたむけてオスを品定めしているんですけどね、オスの声はほとんどうるさいんです。わたし、アマオさんと同じ田んぼに居座っているんですけど、鳴き声を一度も聞いたことがありません。他のオスの声もたくさん聞こえてくるので、重なって聞こえてほとんど雑音です。自慢の声を聴いてみたかったのに、先日よきパートナーを選んでしまったところです。

アマオ:「ゲッ」


〜カエルの大合唱によく耳を澄ますと同時に鳴いているわけではなく、バラバラです。そこで、日本のある研究者がカエルの大合唱をさらに詳しく解析してみると、こんなことが分かったそうです。なんと、一個体一個体がちょうど交互に鳴くよう、タイミングをうまくずらして、鳴き声が他のオスと重なってかき消されないようにしていた。結果的に、求愛としての鳴き声を確実にメスに届けるような、巧妙な合唱がされていたのです。オスの立場に立てば、「疲れたら鳴くのをやめる」、「回復したらまた鳴く」をただ繰り返しているようです。メスの方は、聴こえてきた魅力的な声に近寄り、パートナーを選びます〜


ー メスはどの世界でもどっしりとした存在ですよね。

アマオ:私の声は彼女に聞こえることなく、他のオスの声にかき消されてきたのでしょうか。運が悪い。

アマコ:納得!オスの声が重なると、どんな声で、どこから聴こえてくるのかも複雑で分からず、まったく興味が湧きません。この点で相談者さんのお気持ちはよく分かりますよ。あちこちでオスの声が鳴り響いても、うるさいだけで、まったく惹かれないですもの。「素敵なひとつの声」しか興味ありません。でも、カエルの男子は体力のかぎり鳴き続けるしかないですね。アマオさん、諦めずに繁殖期は鳴き続けてくださいね!

ー さて、そろそろお悩みの核心に迫りたいところです。今回の人間のクラスの男子たちと重なるようなところ、そして解決策はないですか?

アマオ:我々オスのカエルとヒトの男子で重なるところから整理してみますね。まず、テストの間はシーンとして静かにしなければならないらしいですが、じっとしているのが男子は特に苦手。カエル男子もです。ヒト男子諸君も何か声を出さずにはおれないのでしょうね。そんな時に、誰か友だちがくしゃみをしたなら、緊張がほどけて一瞬のうちにリラックス気分になってしまうはず。

ー まさに。緊張や不安からの「ゆるみ」がついつい「笑い」になるのが人間なんです。

アマオ:その先は我々カエルの男子と特にそっくりです。威勢のいい、生意気な声がしたなら、さらにそれより大きく声を出してやろうなどと、悪気もなく、ついつい仲間につられてやってしまうわけです。

ー 私がそうでしたけど、目立ちたい人間男子は声もだし、リアクションもでかいですからね。あくびとか、くしゃみさえもわざと変にして目立とうとしたりね。

アマオ:ライバルであり仲間同士は結局リラックスしてるんじゃないですか?気分は悪くはないのですよ。それで「もっと!」と威勢がよくなってしまう。でも、違う種類のカエルとなると事情は違う。ウシガエルとか、ヒキガエルなど他のが鳴けば、我々アマガエルは警戒して逆に声を小さくします。釜屋さんに伺ったところ、学校では「クラス替え」があるらしいですね。たぶん、クラス替えをしたら最初は同じクラスの子に友だち意識がないと思いますが、どうでしょう。今度クラス替えした時の男子たちを、そっと、じっくり観察してみてください。最初のうちは警戒して、なかなかテスト中に笑い出すなんてしないはずです。解決策として、クラス替えを毎日やるなんて、どうです?

― 説明し忘れましたが、クラス替えはめったにしないものですので、ちょっと無理がありますね。それにクラス替えばかりではともだち関係がつくりにくいので、考えものです。

アマコ:メスの立場としていいですか?私なら男子をひろい心で見守ります。10歳のヒトといえば、女性のほうが早熟とはいえ、男子も女の子を意識していてもおかしくないでしょう。カエル男子と似ているとしたらですよ、正直なところ、ヒトの子が騒ぎ立てるのは、仲間と盛り上がるのと同時に、少しは女の子へのアピールがまじっているんじゃないかと勘ぐります。相談者さんは騒ぐ男子が大嫌いなわけですよね?だとしたら安心してください。だんだんと女の子に騒がしいのが実は嫌がられているのに気づきますよ。モテる男子を見てください!つられて真似ばかり、仲間に埋もれてしまう男子に魅力がないのはカエルもヒトも同じです!仲間と微妙にタイミングをずらしたり、他の長所をさりげなく魅せてくれるのがモテ男の条件です。

― 意外にも「カエルのモテ術」に落ちつきましたね。元ヒト男子代表として言いますが、実は、大人のはずのいまでも「くだらないことで騒ぐ」ってやってしまうわけです。で、どんなときにくだらないことで仲間と騒ぐか思いおこすと「相も変わらず仲がいい」ことを友人と確かめ合っている時のような気がします。普通、大の大人が見知らぬ人のくしゃみで笑ってたら、変人と疑われますしね。でも、気の知れた仲間ならくだらないことが「良いくだらなさ」に魔法のように変わってしまうんです。今日のカエルさんの話を伺っていると、「くだらないことで騒ぐ」には人間の場合もいろいろな意味が隠されているに違いないと思いました。

リラックスしている。仲間と気分を確かめ合う。異性へアピールする。

小学校の教室では、無意識にこんなことを学んでいるのかもしれないですね。大人になったいま、私の場合はこの経験が人生を少し豊かにしてくれているような気がします。


アマオ:「教室」というのはもしかして我々の棲む「田んぼ」のようなものでしょうかね。安心の場所と安心の仲間だからこそ、オスは騒いだり、メスはオスを冷静に観るという。だとしたら「教室」はすばらしい住みかなんでしょうね。きっとおだやかな場所なんでしょう。相談者さんのことをうらやましく思います。そうだ! 騒がしい男子の声が聞こえてきたら、「平和だなあ」と思ってみたらどうです?ダメですかね?

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