ワインの恋文vol.4 Dear サカナクション

その一本になるまでに、ワインはさまざまな物語を含む。そんなワインに感情をのせてあの人へ届けたい。ワイン スタイリスト・大野明日香さんによる、ワインに込める心の恋文。

ゼリージュ キャラヴァン
ロゼ・オデセール

 樹齢45年のサンソー(ぶどうの品種)を発酵、6ヶ月熟成させて作った、スモーキーな香りを感じるワイン。 サンソーが栽培された畑は、開墾される前はプロテスタントが祈りを捧げるための森だったとか。オデセールとは人影のない場所、という意味。


Dear サカナクション


僕たちは いつか花となり 土に戻るだろう
何も語らずに済むならばいいだろう
それもまあいいだろう


 サカナクションの最新アルバムタイトル「834.194」は彼らの出身地である札幌から現在の活動拠点である東京までの距離を表している。アーティストにツアーはつきものだが、彼らは最初から旅をしてきた人たちだ。

「祈りながら旅する楽団」それが私のサカナクションのイメージ。

 サカナクションのライブに向かう車の中で、彼らへの恋文ワインとして思い浮かんだのは、ゼリージュ キャラヴァンの「ロゼ・オデセール」だった。ゼリージュ キャラヴァン というワイナリー名の「ゼリージュ」とは、ムーア人が使うモロッカンタイルのこと。イスラム教徒のモスクなどによく見られるもので、幾何学的に組み合わされたその芸術的なタイル装飾は、偶像崇拝を禁止している宗教にとって「祈り」を捧げるモチーフとなっている。ワイナリーで使う葡萄を栽培するために畑を開墾したところ、そこには大量の色形も様々な石があったため、「まるで”ゼリージュ”みたいではないか」というところからワイナリー名がつけられた。名付けたワイナリーを共に営む夫婦はアーティストでもあり、ワインのラベルデザインは奥さんによって描かれたものである。

 ゼリージュのキャラヴァン 。「祈り旅する一団」とでもいう意味になるだろうか。ムーア人はその土地を追われ彷徨った民族らしいので、その意味でも、ゼリージュ キャラヴァン という言葉はイメージしやすいかもしれない。

 旅の多い仕事だからか、サカナクションの歌はいつもそばにいる。西へと向かう高速道路、真夜中の東京の大通りを車で走りながら。地方の湾岸と名のつく道で一斉に羽ばたく鳥の群れを見た時もあった。そういえば、山口県の屋外ライブ会場でサカナクションの出番を待つ間に見た桜色の夕暮れ空は、泣きそうになるくらいに美しかったっけ。

 サカナクションの歌は旅する私に語りかける。歌詞を手がける山口一郎氏の描く移り変わる景色は、「揺れたり震えたりしながら」私を次の場所へと連れて行く。そうだ、彼もまた、移動してきた人だった。


思い出した ここは東京蔦が這うようにびっしり人が住む街


 彼の描く東京は、旅人の目線だ。それは彼が移動してきた人だからかもしれない。私もすっかり東京での生活が長くなっているけど、いまだまるで旅行者の目線で東京を見ていることに気づく。寂しい気持ちになる時もあるのだけれど、彼らの言葉を音楽を聴くと、目の前の景色が変わる。私は私のままでいいじゃないかと。

「自由に踊って」。ライブ中、その言葉は幾度も投げかけられる。不様でも、奇怪な動きでも、自分の好きなスタイルで、自分が気持ちいいように、自由に踊っていいと。

 まるでそれは「赦し」。そしてそれは祈りそのものじゃないかとも思う。教会が美しい理由もそこにある気がする。どんなに醜い告白であっても、疲れた、悲しい思いでも、美しく赦された場所で祈ること、祈り続けていることでその思いが美へと昇華していく。例えば「寂しい」と歌えば呪いの言葉でも、「君が寂しくないように」と歌えば祈りの言葉になるように。

 ワインは土地を連れて旅をする。ワインの原料である葡萄は、地中深く根を張り、その土地に降る雨、何年にも渡る積み重ねられた土の記憶、吹き渡る風、そしてワインを作る人々を記録する。それがワインのテロワールと呼ばれ、遠く離れた私達のところにも運ばれる。記録と記憶のピースが幾重にも重なって私たちに届くからこそ、味わいは人それぞれに違うのだ。組み合わされたものから私達は各々感じとり、拾い集めて自由に味わうものだから。

 旅をしながら繰り返される「祈り」それはいつかどこかへ届き、それぞれの祈りがシンクロして大きなうねりになることもある。それが美しいものであってほしい、そうであってほしいとまた祈る。

 ワインも、音楽も、「自由に踊っていい」。そして今日もまた「祈りながら旅する楽団」は旅を続ける。私達がシンクロする日々のために。


こころのあて先:サカナクション

2005年に活動を開始し、2007年にメジャーデビュー。ヴォーカル&ギター担当の山口一郎氏を中心に、男女5人で構成される。山口一郎氏は北海道小樽市出身。ほとんどの作詞・作曲を担当。ギター&コーラス:岩寺基晴、ベース:草刈愛美、キーボード:岡崎英美、ドラム:江島啓一


小脇のBGM:アルバム『834.194』

サカナクションの7枚目のオリジナルアルバム。/ビクターエンタテインメント

大野明日香

島根県松江市出身。日本のワイン、ヴァンナチュールを中心に扱うワインスタイリスト。映像、音楽関連の仕事を経て、いくつかのワインバーに勤務後、ワイン スタイリストとして独立。ワイン関連のイベントの主催やプロデュース、ケータリングなどを行う。「日本ワインと手仕事の旅」(光文社)沼津の雑貨店halの店主 後藤由紀子さんとの共著がある。

プロフィール写真:馬場わかな

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