ワインの恋文vol.2 Dear 岩館真理子さん

その一本になるまでに、ワインはさまざまな物語を含む。そんなワインに感情をのせてあの人へ届けたい。ワイン スタイリスト・大野明日香さんによる、ワインに込める心の恋文。

胎内高原ワイン 

アッサンブラージュ ルージュ レゼルヴプリヴェ 2016

不耕起、無肥料、無化学農薬、無除草剤の畑で栽培されたツヴァイゲルトレーべ、メルローをアッサンブラージュ(混醸)した赤ワイン。チャーミングなフルーティさに深い果実味と滑らかな口当たり、しみじみと余韻が残る味わい。


dear  岩館真理子さん


 外は雪が降っている。静かに古い木のドアを開け入ってきた彼女は、カウンターではなく、窓際の小さなテーブル席を選ぶ。本でも読むつもりかもしれない。メニューも見ずに彼女は「ワインをください、できたらグラスで赤ワインを」と私に言う。私はボルドータイプのボトルを取り出し、グラスに注いでそっと彼女の前に置く。

「新潟県胎内市にある胎内ワイナリーの「アッサンブラージュ ルージュ・レゼルヴ プリヴェ」。胎内産のメルローとツヴァイゲルトレーベという葡萄をブレンドした日本ワインです。メルローというとフランスのボルドーが有名ですが、日本でも作っているところがあるんですよ。そこにメルローより軽やかな印象のツヴァイも混ざっていますので、こんな雪の日にはピッタリかと思います。ごゆっくりお楽しみください」

 彼女はふうん、といった表情で頷くと、外の雪に目をやり、グラスのワインを一口飲む。


 岩館作品に登場する主人公の女の子は意地悪でわがまま。大人から子供まで全員が「女の子」であり、なんとなくひとりぼっち。そんな彼女にワインを選ぶとしたら、私はきっとこんな風にワインを出すだろう。

 選んだ胎内ワイナリーは市営のワイナリーだ。胎内市役所の売店で、牛乳などと一緒に普通に販売されている光景はなかなか面白い。雪深い新潟の、海から離れて山の上に畑はある。一般の人は立ち入れないようになっているので、ちょっと神秘的で、なんだか秘密めいている。市営だからなのか、良い意味で作家性の無いワインである。

「無名のワインなんです」と作り手本人が言う通り、寡黙で繊細な、それでいて力強さもあるワインだ。そもそもワインという飲み物は日本で生まれたものではない。だからなのか、私は日本ワインに強く惹かれる。その、無国籍さ、どこにも属していないかのような、媚びのなさ、そこに自由を感じる。確かに日本という土地から産まれた葡萄で作られたものだというのに。その不思議な存在感は、岩館真理子の描くどこの世界のお話とも言えない世界にそっと寄り添うような気がする。


胸に花をつけたまま

アリスは川で死んだので

その秘密は永遠に鍵をかけられたのです

ー「アリスにお願い」よりー


 きっと、どこでも、誰でもない場所で、その小さなワインバーの窓辺で、ひとりぼっちが似合う女の子は、秘密を抱えたまま静かに赤ワインを飲んでいる。


こころのあて先:岩館真理子さん

北海道出身。1973年に漫画家デビュー。デビュー作は『週刊マーガレット』に投稿した『落第します』。主な作品に『1月にはChristmas』『遠い星をかぞえて』『ふたりの童話』『森子物語』など。1987年『YOUNG YOU』に『冷蔵庫にパイナップル・パイ』を発表。『うちのママが言うことには』で講談社漫画賞受賞。

小脇の一冊:「アリスにお願い」

それは、5年前の事件。川べりの小屋の中で遊んでいた江利子は、土砂崩れで死んだ。扉にカギをかけられて。秘密を握るのは、両親を事故で亡くした美奈子なのか、女王様的存在のアリスなのか…。圧倒的緊張感で描く名作。

岩館真理子著 集英社『YOUNG YOU』1990年度作品


大野明日香

島根県松江市出身。日本のワイン、ヴァンナチュールを中心に扱うワインスタイリスト。映像、音楽関連の仕事を経て、いくつかのワインバーに勤務後、ワイン スタイリストとして独立。ワイン関連のイベントの主催やプロデュース、ケータリングなどを行う。「日本ワインと手仕事の旅」(光文社)沼津の雑貨店halの店主 後藤由紀子さんとの共著がある。

プロフィール写真:馬場わかな

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