ワインの恋文vol.1  Dear ユーミン

その一本になるまでに、ワインはさまざまな物語を含む。そんなワインに感情をのせてあの人へ届けたい。ワイン スタイリスト・大野明日香さんによる、ワインに込める心の恋文。第一回目のあて先は「ユーミン」。ワイン スタイリストとしての始まりに、心の中で背中を押してくれたあの人に。

RIETSCH entre chien et loup

France Alsace Auxerrois100%

すっきりした透明感ある果実味のなかにかすかに感じる甘やかさの気配。

辛口ながら優しげでもあるアルザスの白ワイン


dear ユーミン

ー愛をこめて、ユーミンと呼び捨てにすることをどうかお許し下さい。ー

 

 ワインの仕事で独立した最初のイベント会場で、フランスはアルザスの作り手、リエッシュの「entre chien et loup」を試飲する機会があった。それまでも自然派ワインと呼ばれるワインを飲む機会もあったし、私自身が今後仕事をしていく上では自然派ワイン、日本ワインを中心に扱っていきたいとはなんとなく思っていたが、この時それが明確になったように思う。

 ワイン名は「犬と狼の間」という、夕暮れ時を表すフランスのことわざである。日が暮れる黄昏どきは、犬と狼を見分けるのも難しく、その区別もつかないという意味らしい。繊細さと、曖昧さの奥にしっかりと果実味や酸が感じられる。儚げでいて強いその味わいに、作り手は夕暮れを感じたのだろうか。

 飲んだときに私が思い出したのは、遠い中学生の時に聞いたユーミンの「夕闇をひとり」だった。いなくなった恋人を探してひとり訪ね歩く女を歌った物寂しいこの曲が、14歳の私が1番好きだったユーミンの歌だった。ユーミンと出会ったのは友達が貸してくれたカセットテープのユーミンベスト。ジャケットのユーミンは何故かローラースケートを履いてヘルメット、カリフォルニアガールのような格好をしていた。そのアイドルでもなく、歌謡曲でもなく、ロックでも、フォークでもない歌声は不思議で、島根の中学生だった私には、なんとなく都会の匂いがした。

 大学に入って都会に出てきた時代はバブル、東京は私が思っていたものとはどこか違って、なんとなくユーミンまでも距離を感じ聴かなくなっていた。久しぶりにワインが思い出させてくれたユーミンの曲を、グラスを傾けながら聴いているうちに、探しているのは本当は誰なんだろうという気持ちになる。もしかして探されているのはこの女の方ではないかと。夕闇は曖昧にする。人の気持ちも存在も、犬と狼すら見分けがつかないほどに。都会はきらびやかで美しく、垢抜けて洗練されている反面、いつもどこか寂しく気怠げで、物事の境界はひどく曖昧で、自由なぶん孤独。夕闇に佇むユーミンはまさに都会そのものだ。


「そしてもう一度、もう一度、私の声に振り向いて。

これからは、夕闇をひとり歩いてるから」


 そんな風にして私はユーミンに背を押されるように「ワイン・スタイリスト」としてひとり、歩き出した。1本のワインが14歳の私と今の私の物語を紡ぎだし、ワインとともに曖昧な時代のなか、生きる勇気をくれたのだ。

ありがとう、ユーミン。


こころのあて先:松任谷由美さん

1954年東京生まれ。通称・ユーミン。シンガーソングライター。72年、多摩美術大学在籍中にシングル「返事はいらない」で旧姓・荒井由実としてデビュー。翌、73年、ファースト・アルバム「ひこうき雲」をリリース。それまでのフォークソングとは一線を画する、ファッション性の高いメロディと独自の写実的な歌詞で、女性シンガー・ソングライターの草分け的な存在に。

BGM :「夕闇をひとり」

「昨晩お会いしましょう」アルバム収録曲

1981年 東芝EMI

他にも名曲揃いのアルバム。ジャケットデザインはヒプノシス


大野明日香

島根県松江市出身。日本のワイン、ヴァンナチュールを中心に扱うワインスタイリスト。映像、音楽関連の仕事を経て、いくつかのワインバーに勤務後、ワイン スタイリストとして独立。ワイン関連のイベントの主催やプロデュース、ケータリングなどを行う。「日本ワインと手仕事の旅」(光文社)沼津の雑貨店halの店主 後藤由紀子さんとの共著がある。

プロフィール写真:馬場わかな

gotta

いまここを愉快にするための、ウェブメディアです。

0コメント

  • 1000 / 1000