動植物の生態調査員であり、動植物翻訳家の釜屋憲彦氏による連載。人間の悩みも、動植物の手にかかれば、小さなこと?
~ 今回のお悩み ~
40歳目前です。20代から仕事が趣味のように働いてきました。
会社では頼られている感に満足しているのですが、
ふと休日、趣味がないことに愕然とします。
こんなつまらない自分が嫌いです。(38歳・女性会社員)
今回のお悩み相談員:ハシブトガラス
スズメ目カラス科カラス属。最近、子どもができて、狩りで忙しく、遊びの時間が少し減ってきたらしい。特技は民家のベランダからハンガーを拝借して丈夫でカラフルな巣をつくること。主な趣味はすべり台と電線での足かけ半回転。特技はロジカル思考と、人間観察。
― 遊びと言えばこの方です。ハシブトガラスさん、お願いいたします。
カラス♂:ハシブトガラスと申します。そういえば、私も似たような状況になったことがあります。以前は妻と山奥で暮らしていたのですが、出産をひかえていたので、安全で豊富なエサがある場所を探して飛びまわっていました。そこで発見した場所がいま住んでいるところです。
― ちょうど私がゲストを探して歩いていたとき、偶然お会いした駒場の公園ですね。
カラス♂:ええ。あの公園には天敵のタカやヘビもどうやらいない。それに人間がよくエサを落としていってくれるので、狩りどころか、楽にエサをとれるので居心地がいいんです。妻もすっかり気に入り、そのうち大きなスギの高いところで巣作りをはじめました。まわりには簡単にエサをとれるポイントがいくつもあって、朝から夕方までそれらを飛び回りチェックするだけの平和な一日。警戒心とか緊張感をはたらかせない毎日ははじめてでした。「ガア!」という仲間に警戒をうながす濁った鳴き声があるんですよ。山生活ではよく使っていたのに、最近じゃあ気の抜けた「カア~」しか発声してないですね。
― 人里に移り住んで、他に大きく変わったことはありますか?
カラス♂:とにかくヒマです。山は栄養のあるものがいつとれるかわからないので、ひたすら気を張っていたのに、ここではじめて時間をもて余しています。最初はそわそわとして、なんだか変な感じでしたね。居ても立っても居られないので、いろいろ身近なモノをつかって出来ることをやってみました。まわりにある電線とか、すべり台とか、車とか。そしたらとにかく楽しくて!
― 「遊びの楽しさ」を発見したんですね。具体的どんな遊びですか?
例えば、電線に脚をかけて、ぐるっと回転して落ちる前に羽ばたいて風にのります。あと、滑りやすいところはなかなか山中になかったのでハマりました。公園のすべり台とか、、車の斜めになったところ、屋根、雪の上はすべて我々のすべり台です。ああなったら、こうなる、という先の未来が私たちはざっくりと読めるので、ギリギリに挑んで興奮を楽しむことが好きです。もともと頭をつかって問題を解くのが得意なので、何か達成したらで快感を感じます。これは我々の遊びには欠かせないです。飽きるのも早いですが、忘れっぽいので、次に遊ぶときはなんだって新鮮な気持ちです。
遊んでいると良いこともありました。木の実を車に落っことして、大きな音を楽しんでいたんです。そしたら車に当たった木のみが割れて、中身を食べられることが分かった!あの時は興奮しましたね。それを見ていた仲間たちがすぐに真似てきましたよ。皆で調子にのって、ある家のクリを車に割らせていたら、とまらなくなってしまい、道路がクリの破片だらけになったこともありました。
― さて、さっそく、今回の相談ですが、何か相談者に質問などありますか?
カラス♂:相談者さんのお悩みにある「つまらない自分が嫌い」というはどうしてもさっぱり理解できないです。どういう意味ですか?
― むずかしい質問ですね。たとえばハシブトさんは車のガラスに映っているのは自分だと知っていますか?
カラス♂:え!そんなはずないでしょう。ばかばかしい。「私」というのも正直あるのかないのか、ぼんやりとしか分かりません。
― ある実験によると、カラスには「私」というはっきりとした感覚がないようです。餌をおでこにつけて、鏡を見ても、鏡にうつった餌を食べようとしてしまうんだとか。つまり、自分を眺める「もう一人の私」という感覚がないらしい。ー
ー人間の場合、「もう一人の私」が心に潜んでいて、自分をついついチェックしてしまうクセがあります。だから時間を無駄にしてぐうたらと過ごしている自分のことを、ふと我にかえって趣味のない「つまらない人」だとついつい自分のことを評価してしまいます。ー
カラス♂:ややこしい世界ですね。。そんなことをしていたらいつまでも趣味なんてできっこないですよ。「もう一人の自分」なんて得体のしれないものがあらわれる前に、本物のあなたのからだをつかって、出来ることからやり始めればいいんですよ。それで、楽しいと思えることに出会ったなら、それがきっと趣味というやつです。
― ハシブトさんらしい。シンプルな答えですね。
カラス♂:しかし「仕事が趣味のようなもの」というのはうらやましい。我々の山暮らしをもし仕事とするなら、それを趣味というにはあまりに生死がかかっていますから、まったく違った性質ものです。もし相談者さんの退屈な時間を我々のように少しでも楽しく過ごせたなら、ずっと遊びで、ずっと愉快ですね。他の人よりもずっと得をしていると思いますが。
― 今回のお悩みの場合、休日の趣味をつくったら解決にぐっと近づくと思います。そこで、「趣味のつくりかたについて」、まとめとしてのアドバイスをお願いします。
カラス♂:得意なことはなんですか?私は頭を使ったり、真似をすることが得意です。だから、上手くなるのも早いし、すぐに楽しくなり、没頭します。いろいろやってみて、たくさん飽きて、「楽しい!」と思える時間を自らどんどん狩りにいけば、いつかあなたらしい趣味に出逢うはずですよ。そのとき初めて「もう一人の自分」という人を出してあげればよいのではないでしょうか?いつか駒場でお会いしましょう。お待ちしてますよ。
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