「GOTTA」では、「旅するゴッタ」と題し、人が集う場所を提案する活動をしています。その中心の一つがカレーです。そもそも何でカレーなの? どうやって作っているの? について、綴っていきます。
vol.1 なんでカレーなの?の前に、父のこと①
なんでカレーなのか。
答えは簡単です。
ゴッタ主宰の竹田理紀(私)の父親が
カレー自慢の喫茶店「まざあぐうす」を営んでいるからです。
父・峰尾雅彦は娘の私が言うのもなんですが、なかなかパンクな人物です。
私が知る限りの経歴ですが、東京大学仏文科在学中、ギリシャ悲劇研究会の照明担当→
卒業後、コピーライター→「現代日本建築家全集」編集→翻訳家(仏文)「ナジャ」等→主夫→私塾「峰尾塾」経営・講師→「まざあぐうす」カレー担当→最近は俳人も……
こう書いているだけで、何者かよくわかりません。
でもおそらく、現在のカレーへの道は、主夫になったことから始まっているのだと思います。
1974年の冬、母が私を身ごもり、父は編集者をやめました。
30歳、某企業の企画室で服飾デザインの仕事をバリバリとしていた母にとって、
妊娠は一大事だったのでしょう。
本当は産みたくなかったそうで(大きくなってから、両親の喧嘩から読み取りました)、
父が「フリーランスになって育てるから」と言うことで、
めでたく私はこの世に生を受けたのでした。
母は産後1ヶ月で会社に復帰。私は父からミルクをもらって育ちました。
離乳食が終わり、父が昼食によく作ってくれて、好きだったのが
カレーチャーハンでした。
野菜やら肉やらを何でも細かく刻んで、カレー粉をかけて、ご飯と炒めたもの。
おそらくこの経験が、今のカレーに生きていると思われます。
1999年夏、私は大学4年でした。家に帰ると母が、
「土地を買ってきた」と言います(正確には手付をうってきたと)。
母は私が5歳の時、弟を身ごもり、今度はスパッと会社を辞めて主婦になっていました。
父の塾の空き時間を利用して、手作り絵本教室などをしていましたが、
今度は「もっと人が集まる喫茶店をやりたい」と(他にも理由はありましたが割愛)。
父に相談もなく、無鉄砲に土地を買ってきた母に、
「手付を打ってきてしまったんだから、しょうがないだろう」
「ところで何を出すんだ」と父。
「コーヒーとかお菓子とか、軽食」と無計画な母。
「それじゃあ、目玉がないだろう。俺、カレーなら作れるぞ」と言ったが最後、
父は四谷にある行きつけだったカレー店に、カレーを習いに行くことになったのです。
ー続くー
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