自由が丘でcafeイカニカを営む、元音楽プロデューサーの平井康二氏による連載。音楽もまた、出会うもの。
きょうの曲:Ascension (Don't Ever Wonder)/Maxwell
彼女:「ねぇ、パスワード設定だって、どうする?」
彼:「なんでもいいんじゃね」
彼女:「よくないよ、覚えやすいのない?」
彼:「俺の名前とか?」
彼女:「いいね、あと数字も必要」
彼:「じゃあ、俺ら18だから、18」
彼女:「そうだね、なら忘れないね」
ってさー、誕生日来たら19になっちゃうし、彼と別れたらどうすんの? いや、でもそのほうが実は正解だったりするのでしょうか。誕生日とかよりむしろバレづらいのかも。そう、見えない未来を想像していろいろ心配しても仕方ないしね。今の蓄積が未来へつながっていく唯一の足がかりだというのはまぎれもない真実だし。今が大事だよね。
というわけで、僕は出来るだけ今の音楽を聴くようにしています。今の、というのは、まさに、この時代に新たに録音された音楽ということ。年齢と共に追いかけるジャンルは変わっていきますが、新録の新譜を聴きます。昔の名盤と呼ばれるものを聴くのもいいけど、そればかりに偏るのはいただけない。今の音楽をリアルタイムで聴くことが出来るのは僕らだけなのだから、聴いておかないと損してしまう。
例えば、今から5年後に思春期を迎えて音楽を聴き始めた少年にとって、今の音はもう昔のもので、追体験するしかない。「これ、出たばかりの時にリアルタイムで聴いたんだ」と言えるのは嬉しい。70年代にマーヴィン・ゲイのアルバムを新譜として手にしていた当時の人々はどんな感じだったんだろうって想像すると、なんか羨ましいというか、ワクワクするじゃないですか。それと同じことが経験できるのはやはり、新譜を聴くことでしかなし得ない。
Maxwellは、まだマーヴィン・ゲイほどのレジェンドにはなっていないけれど、これを1996年に新譜として手にして聴いたことは、今思えばとても幸せなことだ言える作品。あと、何十年かして「これが出た時、リアルタイムで買って聴いたよ」とまで言えそうな気がする。音楽的な話をすると、このアルバムでサウンドプロデュースを手がけたのは、イギリスのバンドSADEのスチュアート・マシューマン。彼無くしては、この肌触りの音は生まれなかったに違いない。加えて、このジャケットデザイン!バーコードをあえてセンターに配置した斬新なレイアウト!中身もジャケもおしゃれの極致なのだ。
彼:「で、パスワードなんだっけ?」
彼女:「18の時の元彼の名前よ」
なんて、言われたら、ちょっと微妙だから、それ、さすがにやめたほうがいいかもね。
いくら、今が大切だとしても。
※会話はフィクションです。
https://www.youtube.com/watch?v=GKRObb5gu9Y
Ascension (Don't Ever Wonder)/Maxwell
平井康二(cafeイカニカ オーナー)
1967年生まれ。レコード会社、音楽プロダクション、音楽出版社、自主レーベル主宰など、約20年に渡り、音楽業界にて仕事をする。2009年、cafeイカニカをオープン。現在に至る。
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