自由が丘でcafeイカニカを営む、元音楽プロデューサーの平井康二氏による連載。音楽もまた、出会うもの。
きょうの曲:After The Fact/John Scofield
いくつになっても初体験というのがあって、それが日常生活のよくあるシーンでのことだと、ちょっとびっくりしつつも、おかしくなります。
この前、車を運転していたら、工事かなんかで片側車線の規制をしていて、そこには、赤い棒をもって交通整理をするおじさん、または、お兄ちゃんがいるじゃないですか。その時はおじさんだったのですが、進んでいいよの合図で赤い棒を振っていたので、そのおじさんにの脇を通り過ぎたら「急いでっ!」と叫ばれたのです。
はい?なんだって?急ぐの?パイロンとか立ってて、工事の人とかいて、危ないじゃん。逆じゃない?「ゆっくり、安全運転で」でしょ?
たぶん、おじさん的には、反対側に待っている車が沢山いたから、つい「急いでっ!」と気持ちが口に出てしまったんでしょうね。えっ?と思いつつ、やっぱりなんか笑えてくる。「急いでっ!」て言われたこと、あります?
で、初体験ね、日々たくさんの音楽を聴いていても、なかなかこんなの初めて聴いた感じ、という音楽には出会わないものですが、この『After The Fact』は、初めて聴いた時、他にはない、なんだか不思議な空気感があって、引っかかった作品。なんでだろうか?とクレジットをよく見ると、ブラスセクションの編成にその秘密がありました。フレンチホルンとアルトフルートが各二人、チューバ、バリトンサックス、バスクラリネットという低音部担当のセクションが重要な役割を果たしていて、彼らが奏でる物憂げなフレーズが曲の中をたゆたうように流れていきます。
そうきたかぁ、というか、それありなんだぁ、という驚きと、そのここち良さに思わずニンマリ。「急いでっ!」に対しての驚きとはちょっと違いますが、どちらも初体験の驚きで、頬が緩む。ジョンスコは、名前だけでも安心して買える重鎮ですが、こういう驚きが隠れている作品に出会うと、また次も楽しみになるものです。奇をてらった路線変更とかでなく、ついニンマリしてしまうこういうアプローチが憎いです。
話は、あの棒振りのおじさんたちに戻りますが、もしかして、今まで気がつかなかっただけで、おじさんたちは、いつも、なにか思わぬ言葉を発しているのかも。今度また片側規制の場面に出くわしたら、少し窓を開けて、棒振りのおじさんがなんか言わないか、チェックしてみよう。「急いでっ!」以上に可笑しくなる何か、言ってるんじゃないか?
平井康二(cafeイカニカ オーナー)
1967年生まれ。レコード会社、音楽プロダクション、音楽出版社、自主レーベル主宰など、約20年に渡り、音楽業界にて仕事をする。2009年、cafeイカニカをオープン。現在に至る。
http://www.ikanika.com/cafe/top/
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