きょうは、なに聴く? vol.1

自由が丘でcafeイカニカを営む、元音楽プロデューサーの平井康二氏による連載。音楽もまた、出会うもの。

きょうの曲:MUSIC / OMAR


「どんなの聴くんですか?」

このざっくりした質問、困ります。その人とどこまで音楽的な共通言語があるのか分からないし、通じ合えなかった時の微妙な感じもね、避けたいし。だから、とりあえず曖昧に「ジャズとか、ソウルっぽいやつ」なんて答えて相手の様子をうかがってみたり。「っぽい」って言ってみたけど誰とかを想像してるかなぁ、と探り合い。だから「星野源とか聴く?」って質問の方が良いです。「うん、聴くよ、あとサカナとかも」って流れになるし、「いや、僕は聴かないけど、好きなの?」なんて感じにもなれるし。(星野源とサカナには大意は有りません)でも、この「っぽい」という曖昧な感覚に全てを委ねてしまったようなジャンルが流行ったことがあります。アシッドジャズです。

 1990年代に、それは流行ったのですが、極めて把握しづらいジャンルで、明確に音楽的な理屈でカテゴライズできるものでもなくて、その時代が纏っていた空気感とかも含めて「っぽいよね」というかなり感覚的なものでみんな会話していたのだと思います。

「アシッドジャズっぽくて、いいよね、あれ」

「でも、これもアシッドジャズっぽくない?」

「確かに、ぽいぽい」

なんだろう?この会話、って感じですが、当時は、みんながみんな、各々のアシッドジャズ感をもっていて、それで成立していたのではないかと思います。感覚のみで判断して聴く、というある意味、まっとうな音楽との触れ合い方だったのかもしれません。

 OMARはそのムーブメントの中心となっていたTalking loudレーベルからデビューしたイギリスのソウルシンガー。極めて個性的なヴォーカルスタイルとそのサウンドは、一聴してOMARだとわかる、はず。スティービーワンダーも、OMARになりたい!と言ったとかいう話もあり、一般的な人気以上に業界内と音楽マニアに熱狂的な信者が存在していました。ちなみに今も現役で、本国イギリスでは、一目置かれる重鎮となっているようです。   

 この『MUSIC』は、1991年にリリースされたアルバムの表題曲。その前に『There's nothing like this』という曲が相当にヒットしていたので、「次の曲をどうするのか、大変だろうなぁ」という世間の心配を吹き飛ばす見事な仕上がりの一曲でした。

 で、どこがアシッドジャズかって? それ以上の説明は、野暮ってもんで。

「どんなの聴くんですか?」

「うん、アシッドジャズっぽいやつ」

「あっ、あたしも、そんな感じのやつ好きかも」って、曖昧なものをさらに曖昧にしてしまうとスムーズに会話が流れますね。でも、たぶん、いいんです、この場合は、これが正解。でも、この二人が、揃ってOMARを聴いていたかは定かではありませんが。同じような感じで、『渋谷系』というのもありましたね、その話はまた今度。


平井康二(cafeイカニカ オーナー)


1967年生まれ。レコード会社、音楽プロダクション、音楽出版社、自主レーベル主宰など、約20年に渡り、音楽業界にて仕事をする。2009年、cafeイカニカをオープン。現在に至る。

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