ワインの恋文vol.7 拝啓 黒板五郎様

その一本になるまでに、ワインはさまざまな物語を含む。そんなワインに感情をのせてあの人へ届けたい。ワイン スタイリスト・大野明日香さんによる、ワインに込める心の恋文。

BOTANICAL LIFE
vin-shu

畑の全てをぶどう以外何も加えず、

在りのままボトルに詰め込んだ、

仕込みから瓶詰めまで手作業で造られたワイン。


拝啓黒板五郎様

 北の国からというドラマを知らない人も増えているのかもしれませんが、私にとってナンバーワンドラマと言えば、倉本聰脚本北海道を舞台にした国民的ドラマ、「北の国から」しかありません。

 女房に裏切られ、東京から子供2人と共に故郷である北海道は富良野に戻った男、黒板五郎を主役に、2人の子供達、純と蛍の成長を追って1981年から2002年まで続いた人間ドラマ。今回、私が恋文を送りたい相手は主人公黒板五郎。五郎さんと一緒に飲みたいワインです。

 五郎さん、どうしても五郎さんと飲みたいワインがあるんです。兵庫県加西市で夫婦2人が営む小さなワイナリー「ボタニカルライフ」彼らはマスカットベイリーAという、日本で生まれた、主にワイン用に使われることが多い葡萄を農薬に頼ることなく育てています。害虫を手で一匹ずつ駆除するんです、一度私も手伝いに行ったのですが気が遠くなる作業でした。毎日見ているわけではないので知りませんが、きっと2人は毎日、毎日畑に出て葡萄の木と会話しながら暮らしているんだろうな、そんな風に思う2人です。奥さんのえみちゃんが体調を崩した私に作ってくれたハチミツ大根は、なぜか不思議と彼らがつくるワインと似た味がしたような気がするんです。不思議ですよね、結局人がつくるものって、その人そのものの味がするんじゃないかって。

 どうして私がこのボタニカルライフのワインを五郎さんと飲みたいと思ったかといえば、五郎さんの2人のお子さん、純君と蛍ちゃんが五郎さんのために山で摘んできた山葡萄で五郎さんの誕生日祝いを作っていたのを見たからです。あの時の2人が作っていた山葡萄の葡萄酒は、ボタニカルライフの2人がつくるワインと、似たような味がするのではないか、そんな気がしたからです。あの時五郎さんはとても怒っていて、2人の心を込めたサプライズを受け入れることはありませんでした。誕生日祝いなんかしなくていいと拒絶したのです。頑固な五郎さんは時として、自分の信念を曲げられず筋を通すことを優先してしまい子供達の心を傷つけることがありました。それは親になった今のわたしにはよくわかります。時に親は親としてなのか人としてなのか自分の気持ちの出所が明確じゃない強い感情に揺さぶられてしまい、それに傷ついた子供達の表情を見て、また自分も傷つき悩むことがあります。親だろうと、子だろうと、人は常に迷って間違えてしか進めない生き物なのかもしれません。

 五郎さんの長男、純は都会から田舎へやってきて不満たらたらでした。ひ弱で小狡く逃げることや誤魔化すことばかり考えています。ドラマの登場人物がこんなにも小狡いことってあるかしらとリアルタイムで見ていた私は思ったものです。

 極端な悪人も、スーパーヒーローも出てこない、それが「北の国から」ですが、なかでも純はカッコ悪いです。そのかっこ悪い純がなんとも身近で、生きることの悩みやつまづきに共感してしまう。そのうち愛しさすら感じてしまう。

 ボタニカルライフの2人は、完璧なワインをつくろうなんて全く思ってないのじゃないかという気がします。完璧なワインを作りたいのではなく、自分達にできる最大の良いと思うことをして人が喜ぶものを作りたいと思っているのではないか、それは子供が親を喜ばせたいと思ってつくる気持ちに似てはいないでしょうか。 

 あの時五郎さんが飲むことはなかった、子供達の手作り葡萄酒の味。もしかしたらそれと似た、人が人を思う味がするこのワインを、五郎さんと2人で今飲みたいと思うのです。


小脇の一本 : テレビドラマ『北の国から』

フジテレビ系で放送された、倉本聰が原作・脚本をつとめたテレビドラマのシリーズ。

北海道富良野市を舞台に、北海道の雄大な自然の中で田中演じる主人公・黒板五郎と2人の子どもの成長を21年間にわたって描いた。


大野明日香


島根県松江市出身。日本のワイン、ヴァンナチュールを中心に扱うワインスタイリスト。映像、音楽関連の仕事を経て、いくつかのワインバーに勤務後、ワイン スタイリストとして独立。ワイン関連のイベントの主催やプロデュース、ケータリングなどを行う。「日本ワインと手仕事の旅」(光文社)沼津の雑貨店halの店主 後藤由紀子さんとの共著がある。

プロフィール写真:馬場わかな

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